周りに支えられてきた分
部下を支えられる上司になる

キャリア・
ストーリー 2

Career Story 2
一般職
Namiki Kazama
店頭営業
2003
年入行
経営学部 卒
平塚支店 課長
神奈川県 平塚市 出身
STORY 1
ミスをしたこともあったけれど、
接客する楽しさに支えられた。
 不景気から企業が採用数を減らす、いわゆる就職氷河期の頃に就職活動をしていた。そのため、両親に心配をかけないような仕事に就くことをまずは考えた。また、どんな仕事をしているかが想像できることも大切なポイントだった。企画や営業よりも、接客や店頭で応対するような仕事の方が、働くイメージがついた。さらに、地元の神奈川からも離れたくはない。こうした理由から金融業界、とりわけ地方銀行や信用金庫を志望した。

 さまざまな金融機関の中から、神奈川銀行を選んだ決め手は、正直に言ってしまうと内定が出たからだ。当時の就職難を考えると、それだけで入行するには十分な理由だった。そうして一般職の窓口係として、茅ヶ崎支店でキャリアをスタートする。1年目の頃は、ミスばかりする新人だった。書類に印鑑を押し忘れたり、お客様の名前が呼べずに間違えたり。数字の桁を間違えて手続きをしてしまったこともある。「とにかくよく注意されていましたね」と風間は当時を振り返る。

 大雑把な性格は、細かい事務的な作業が多いこの仕事には向いていないかも知れないと思うこともあった。しかし、接客は楽しかった。お客様と話しながら、定期預金などをおすすめし、「風間さんが言うなら、やろうかな」と言ってもらえるのが嬉しかったのだ。憧れの先輩の真似をして、トークを工夫したりもした。そうして、お客様に顔を覚えてもらい、信頼してもらえた結果が成果になる。この仕事の醍醐味を経験するうちに、業務にも慣れ、徐々にミスは減っていった。

 入行後4年間を茅ヶ崎支店で過ごし、高村支店に異動。入行7年目に結婚をして第一子を授かり、1年間の産休を取得した。当時は出産を機に退職する行員が多くいたものの、家庭に入ってからも経済的に自立したほうが良いという母のアドバイスを受け、復帰することに。会社から「ぜひ復帰してほしい」と言われたことも、背中を押した。
STORY 2
もう一度頑張ろうと思えたのは、
息子のあるひと言。
 復帰したのは平塚支店だった。ある程度の業務経験を積み、仕事は難なくこなせるようになっていた。しかしこの頃から、担当課に求められる役割が徐々に変化していく。それはお客様の手続きに対応するだけでなく、金融商品のご提案をするという役割だった。それまでも定期預金などはお声がけしていた。しかし、今後は保険や投資信託についても学ぶ必要がある。まさに過渡期を迎えはじめた頃、第二子出産のため再び産休に入った。

 1年後、再び復帰したのは新人時代を過ごした茅ヶ崎支店。しかし、その時にはすでに仕事内容は大きく変化していた。店頭で金融商品のご提案をすることに加え、時に渉外行員とともに、お客様先へ訪問することもあった。さらに、慣れていた事務作業も法律や規定が変わっていたため、それまでのやり方で進めることができなくなっていた。さまざまな変化のスピードについていけなくなり、ついに退職を意識しはじめた。

 仕事へのモチベーションが下がっていたある時、息子に「お母さんが仕事をやめたら、どう?」と聞いてみたことがある。てっきり「一緒に過ごす時間が増えて嬉しい」と言われると思っていたが、返ってきたのは「せっかく頑張ってきたのに、やめていいの?」という言葉だった。そのひと言にハッとして、「確かにこのままでは良くない。もう一回、頑張ろう」と決心した。

 ちょうど同じ頃に、支店長代理(係長クラス)に昇格する。仕事への熱意も取り戻し、役席者としての責任を全うしたいという想いが強くなっていた。しかし、その高まったモチベーションが、空回りしてしまうこととなる。端的に言えば、部下に厳しく接しすぎてしまったのだ。その結果、若手行員が数名退職する。部下が去ってはじめて、自分のやり方が間違っていたことに気づいた。
STORY 3
マネジメントを見つめ直すと、
部下たちの中にかつての自分がいた。
 支店にはそれぞれ、目標値がある。きちんと地域のお客様のお役に立ち続けるためには、依頼された手続きに対応するだけでなく、利益を出して経営を堅持することも、銀行の大切な使命なのだ。そんな考えから、目標に対する意識が強くなりすぎたことが失敗の原因だった。目の前の目標を追うよりも大切なことがある。そう考えを改めて、マネジメントの方法を見つめ直した。

 茅ヶ崎支店で4年、途中に苦い経験をした後は上大岡支店へ異動する。そこでは若手行員が働きやすい環境をいかにつくれるかを意識した。長期的に見れば、人が辞めないことも、銀行にとって有益なはず。そのために部下と一緒に目標達成までの計画を考え、随時フォローするスタイルに切り替えた。そうして見守り続けることで、彼ら・彼女らが成長していく様がわかるようなった。

 かつての自分がそうだったように、誰しもうまくできない時期はある。そんな時期を自分がしっかりフォローすることで乗り越えてもらい、お客様から信頼されたり、その人の人生にとって大きな存在になれるこの仕事の醍醐味を経験してほしい。上大岡支店ではそうした気持ちで、部下たちと接するようになっていた。

 上大岡支店に2年、在籍した後は店頭営業課 課長として2度目の平塚支店への異動となった。現在は行員たちが店頭で対応したさまざまな手続き、その最終確認を行うことが主な仕事。また、店頭でお声がけした金融商品について、具体的なご提案を部下と一緒に行うこともある。さらに、渉外行員と共にお客様先へ訪問して、金融商品を説明したり、資産運用などの金融セミナーを企画・実施したりするなど、その業務内容は多岐にわたる。
STORY 4
誰かにとって大きな存在になれる。
そう実感できる瞬間がある。
 手続きに対応するだけでなく、お金のプロフェッショナルとして、お客様のお役に立てる存在になりたい。ある程度のキャリアを歩んだ今だからこそ、改めてそんな想いが大きくなっている。その理由は、自身もさまざまなライフイベントを経験し、お金が必要なタイミングがわかるようになり、よりお客様に共感できるようになったから。そして、これまで関わってきたどのお客様のことも思い出せるほど、密接に関わってきた自負があり、そこにやりがいを感じているからだ。

 中でも忘れられないのは、新人時代に対応したある社長様のこと。いくつかの異動を経験して、再び茅ヶ崎支店へ戻った時には「戻ってきたんだね」と声をかけていただいた。そうしてさまざまな金融商品をご購入いただくほど、信頼いただけるように。最後に話をしたのは、お客様からの電話だった。茅ヶ崎支店から異動して上大岡支店にいた頃、「病気をしていて話せなくなる前に電話をかけたんだ」と連絡をいただいた。

 「わざわざ病院から電話をかけてもらえるほど、その人の人生にとって大きな存在になれたことが嬉しかったです」とその瞬間を風間は振り返る。これまで、ご提案差し上げた商品について、「保険が役に立った」や「資産を増やすことができた」と言われることがあった。いつもそうしたフィードバックがあるわけではないが、そんな言葉をいただくたび に、この仕事をしていて良かったと思える。

 今後は、決算書を見て会社の状況がわかるレベルになりたい。所属する店頭営業課でも、そうした知識があれば、さらにお客様のお役に立つご提案ができるはず。個人的な目標を見据えつつ、後輩たちが働きやすい職場づくりと女性行員が産休育休を経ても働ける環境を整えていきたい。お客様だけでなく、働く人にとっても寄り添える神奈川銀行を目指して。